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三世代の親子が纏う、絞りの美と絆の物語

2026年の鈴花グループカレンダー表紙を飾る一枚の写真。

そこに写るのは、着物を纏った親子三代の穏やかな笑顔です。

「まさか本当の親子だとは」と驚かれるこの写真には、
“受け継ぐ”という日本の心と、家族の絆が映し出されています。

今回は、その撮影の裏側をこのご家族のお母さま(以下 母)と娘さま(以下 娘)、鈴花グループ・藤娘きぬたや 社長の森(以下 森)にうかがいました。



正真正銘の親子三代で記念撮影



―森

社内でも「モデルさん?お客さま?」と話題に上がるこの1枚。
今朝も朝礼でカレンダーの話をすることがあり、改めていい写真だと思いました。
仕事をするなかで、一番褒めていただいている写真なんです。

 

―母

私たち家族にとっても大事な1枚ですし、撮影が楽しくて良い思い出になっています。

 

―森

世代のバランスもよく、『受け継がれるもの』『長く着続けられるもの』という思いをわかりやすく表現した一枚になっていると思います。
何よりみなさんの表情が素晴らしい。
以前、佐賀銀行の当時の頭取に『プロのモデルではなく、本当の親子だ』とお話ししたところ、『まさにこれが日本のアイデンティティーだ』というお褒めの言葉をいただきました。
撮影は201911月、今から6年前になりますね。

 

―母

そんなに経つんですね。当時のことはよく覚えています。
振袖はあるんだけど、孫が学業の都合で成人式に出られないかもしれないという話をしたら、
『事前に撮影しませんか。せっかくならばみなさんで』とお声かけいただき、撮影することになったんです。

 

―森

『着物を着る会』が定着しつつある時期にも重なっていて、着物姿を美しく残すことを大事にしたいという思いもあり、ご提案させていただきました。
お孫さんの振袖に合わせて、みなさんきぬたやをお召しになられて、それはそれは、華やかな撮影会になりましたね。

 

―娘

とても楽しい撮影でした。
母はそれまで一度も袖を通していなかった初おろしのきぬたやを着て、私がそれまで母が着ていたきぬたやの訪問着を着ることになりました。

 

―母

なかなか着る機会がなく、30年ほど箪笥で眠らせていたんです。
他の着物とは違う存在感があり、ここぞ!という時にしか着れないという1着。
撮影を機に袖を通すことができ、ありがたい機会になりました。

 

―森

そうでしたか。ではこの着物は撮影の時が初めてだったんですね。

 

―母

そうです。私がきぬたやを知るきっかけになった1枚で、森社長のお母さまに選んでいただきました。

 

―森

きぬたやが今年78周年なので、30年くらい前ということは、ちょうどきぬたやの社長兼作家の代替わりの頃ですね。
その頃の着物は、初代で創業者の伊藤嘉敏がデザインや絞り、染色までこだわり抜いたものばかり。
技術的に今この時代に同じものを作るのは不可能だと言われていて、撮影時にお召しになっていた作品は、濃淡のつけ方が独特で、かなり貴重な1枚です。

 

親子の中で受け継がれる着物の文化



―娘

実は、娘(孫)が着ている振袖は、私の成人式に誂えたものなんです。
私も含めてこれまでに4人着ていて、娘が5人目。
華やかなパーティの時はこれ一択なので、我が家の写真にはたびたび登場しています。

 

―森

見るほどに美しいですね。
白いところがぐっと表に出て、写真映えしてとても豪華です。
おばあさまの着物は本当に貴重なもの。少なくとも制作に5年はかかっていると思います。
まさに技術の結晶。
この技を使って絞りを作る職人がいなくなっているので、今後も着物そのものの価値が上がり続けると思います。
5年でも長いと思われるでしょうが、過去には制作期間29年という着物に出会い心底驚いたことがありました。

 

―母

なんとも言えないモスグリーンが絶妙な色合いで、初めて手にした時の感動は今でもよく覚えています。
ただあまりに美しく、もったいなくて長年着ることができなかったんです。

 

―娘

母の着物と同じように、撮影で着用した訪問着もそうです。
私もここぞ!という時に着る特別な1枚です。

 

ジャージから着物へ、学校帰りの高校生が大変身



―森

撮影の日のこともよく覚えていますよ。
私がスタジオに着いた時にはすでにお二人の撮影が始まっていて、16時ごろに学校帰りのお孫さんがいらしたんです。
お母さまがお召しになっていた訪問着を見て「今は手に入らない訪問着。多くの方が憧れる着物をお持ちでらっしゃる」と思ったのを覚えています。
ジャージ姿で現れたお孫さんがセットを済ませて出てらした時は、その可憐さにみんな拍手で盛り上がりましたね。
お孫さんの雰囲気が一変していて、表情や佇まいががらりと変わり、着物の力を目の当たりにした瞬間でした。

 

―娘

そうそうエレベーターの扉が開いて、着物姿の娘(孫)が出てきた時は本当に感動しました。
娘は七五三を除いてほぼ初めての着物だったので、これまでにない感情にも触れる機会になったと思います。

 

―森

確かあの日の帰り、おばあさまとお母さまはスタジオでお着替えをされたけど、お孫さんは着たまま帰宅されたんでしたよね。

 

―娘

そうです。『直接おじいちゃんに見てもらいたいから』と、着物のまま帰ることにしました。
玄関で三つ指ついて、仕事から帰宅した父を迎えたところ、孫の振袖姿に感激すると同時に、
『がんばって働いてきてよかった』と、とても喜んでいました。
初孫ということもあり、余計に嬉しかったんだと思います。

 

 

―母

あのタイミングで親子三代を写真で残してもらって本当によかったね。

 

―娘

本当にそう。
こうして人生の節目に記念撮影しておくことで、何度も見返して、当時の記憶で何度も味わい楽しめるのがいいですね。

 

―森

思い立って、スケジュールを調整して、すぐに動いて撮影できたのがよかったですね。
お客さまにもこの写真のモデルが実の親子だとお話しすると、『親子が仲がいいのは素敵ね』『うちも娘と撮りたい』などの感想をいただきました。
せっかく着物を着たら撮っていただきたいですし、できることなら機会を作ってご家族写真を撮影されることを積極的におすすめしたいですね。

 

着続けることこそ着物の本質



―母

今はもう作れないということですけど、職人さんがいらっしゃらないということですか。

 

―森

まさに、そうなんです。絞りを絞れる職人が少なくなっているんです。
すべて手で絞っていて、一反およそ14mメートルの長さで絞るのは16万粒とも言われています。

 

―母

果てしない作業ですね。
仕立あがった着物しか見たことがないから、想像もしていませんでしたが、改めて貴重な着物だということがわかりました。
なんとか絞りの技術は残していただきたいですね。

 

―森

きぬたや初代の作品は美術品としてニューヨーク・メトロポリタン美術館に永久保存されているのですが、その着物がまさにお母さまが着用されていたものと同じレベルのものなのです。
かつて職人の技は門外不出とされていましたが、鈴花グループになってからは180度方針を変え、技術の一部をオープンにしていくことにしました。
到底真似はできない技の数々をあえて開示することできぬたやの価値がさらに上がり、より多くの方々に向けた発信にもつながると考えました。
着物は美術品ではなく、どこまでも嗜好品であって欲しい。
着てこそ、人前に出てこそ、着物の意味があると思っています。
人に褒めてもらうこと以上に、着物を着ることで自分自身の心持ちがまるで違うことはみなさんがよくご存知だと思います。


―母

うちには女の子があと4人いるので、まだこの先も孫たちの振袖姿を楽しめそうです。
同じ世代でも着る子によって着物がいろんな表情を見せてくれるのが着物の面白いところ。
今年、七五三を終えて着物にハマった別の孫娘がいるので、また撮影の場を用意してあげたいと思っています。

 

―森

普段から着物姿の家族を目にしていると、娘さんたちが着物に興味を持つのは自然な流れなのでしょうね。
素晴らしい。今日はお話が聞けてよかったです。
着物を大切に着てくださるお客さまがいる。
その姿こそが私たちの誇りであり、次の世代への希望です。


親から子へ、そして孫へ。
一枚の着物がつなぐのは、布や模様だけではなく“心”。
この写真には、そんな日本の美意識と家族の物語が息づいています。






撮影着物:藤娘きぬたや
撮影:2019年11月/掲載:2026年 鈴花グループカレンダー表紙

ライター紹介

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齋藤京子

きものメーカーの広報担当。
娘の七五三できものを着たことがきっかけできもの沼へ。

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