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時代を読む「眼」、妥協なき「侍」の誇り。藤娘きぬたや三代目作家・安藤嘉陽が駆け抜けた50年

「藤娘きぬたや」の絞り染め。その革新の歴史は、常にこの人の「眼」と共にありました。藤娘きぬたや 三代目作家・安藤 嘉陽、68歳。18歳で入社して以来、数々のヒット商品の考案から、加工拠点の開拓まで、常にブランドの最前線を切り拓いてきた安藤氏。時代を読む鋭い感覚と、伝統にとらわれない自由な発想は、いかにして培われたのか。そして、これからの「絞り」が向かうべき未来とは。 職人としての枠を超え、プロデューサーとしての顔も持つ安藤氏に、50年の軌跡と「ものづくり」の真髄を伺いました。
第1章:陶器の街で育まれた感性と、きぬたやとの邂逅
——安藤さんは1977年、18歳できぬたやに入社されましたが、そもそもデザインやものづくりの道を選んだきっかけは何ですか?
安藤: 私は岐阜県の土岐市出身なんです。陶磁器の街ですから、子どもの頃から身近に粘土があって、よくおもちゃや好きなキャラクターを粘土で作っては、近所の窯の隅っこに置かせてもらって焼いてもらっていました。両親も陶磁器関係の仕事をしていましたし、絵を描いたりものを作ったりするのは、昔から得意でしたね。高校は工業高校のデザイン科で、卒業後は美術大学に進むか、企業のデザイン部門に就職するという選択肢もありました。そんな時、初代会長(伊藤嘉敏氏)がたまたま私の学校祭に来ていて、私が描いた絵を見るなり「この子をすぐに呼んでくれ」と先生に言ったんです。
——運命的な出会いだったんですね。「絞り染め」の世界に飛び込むことに不安はありませんでしたか?
安藤: 不安よりも、熱意に動かされた部分が大きかったですね。当時の担任の先生がとても親身になってくれて、きぬたやを職場見学するために、名古屋までついてきてくれたんです。当時はちょうど本社ビルの建設中で、ヘルメットを被って一緒に現場を見せてもらいました。そこで初代会長から直接いろいろな話を伺い、正直その時は絞りの知識なんてゼロで、何がなんだか分かっていませんでした。でも、初代会長のものづくりに対する凄まじい「熱意」だけはひしひしと伝わってきた。それで、他の道をすべて捨てて、きぬたやに飛び込む決心をしたんです。

下段中央:初代会長の伊藤嘉敏氏と奥様のさが氏 上段右端:20歳当時の安藤氏
第2章:孤高の奇才・千葉耕司と、「我が道」の探求
——入社後、すぐに染色の仕事を始められたのですか?当時は先輩職人も多くいらっしゃったと思います。
安藤: ええ。その中に、私より5つ上の千葉耕司さんがいました。彼の染色を見た時、「この人は他とは明らかに違う」とすぐに分かりました。生まれ持ったセンスと、確かな技術。日本画で言えば、平山郁夫のような王道の中に、加山又造のような独自の世界観を持っている。まさに「奇才」でした。千葉さんのセンスは、時代を3歩も4歩も先取りしていましたから、玄人好みで本当に素晴らしいものでした。だから私は「同じ土俵で勝負するのではなく、自分の勝てる道を探そう」と思ったんです。
——「自分の勝てる道」とは、具体的にどのようなことですか?
安藤: 千葉さんが「3歩先」を行くなら、私は「半歩先」を狙う。つまり、時代やお客様が今何を求めているのか、その空気を感じ取り、タイムリーに合わせていくアプローチです。 当時のきぬたやの絞りはまだまだ発展途上で、私は他ジャンルの着物、例えば友禅の技法などをよく観察していました。そこから着想を得て、絞りの「柄」だけではなく「背景」にもぼかしを入れる手法を考案したところ、それが会長や社長に大絶賛され、多くの販売に繋がりました。
——「売れるものが分かる」というその感覚は、どのように磨かれたのでしょうか?
安藤: 当時は数十人の染色家がいて、京都での大きな受注会では誰の作品が何枚売れたか成績が出る、完全な個人プレーの実力主義だったんです。だから必死に市場を見ましたし、他の人が作ったものも分析しました。入社3年目くらいには「この色がどれくらい売れるか」というデータが感覚として明確に見えるようになっていました。20代前半で若くて血気盛んだったこともあり「これは絶対売れますよ!」と上司に豪語して、ポップな色合いや、逆にシックな墨調子など新しいものをどんどん作って、実際に一位の成績を出したりしていましたね。
左:安藤嘉陽氏 右:千葉耕司氏
第3章:海を渡る「きぬたやの魂」。ベトナム開拓の真実
——安藤さんのご活躍は染色や図案の制作にとどまりません。40代以降は、中国やベトナムでの加工拠点の開拓にも尽力されました。
安藤:時代と共に、当時の加工拠点だけでの生産が難しくなることを見据え、生産体制を再構築するための動きでした。私たちが目指したのは海外への完全移行ではなく、それぞれの強みを活かした分業です。ですから今でも、商品の特性に合わせて日本国内・中国・ベトナムと加工先を厳格に分けています。
海外開拓において私がまずやったことは、自分自身に絞りの製造工程のすべてを実務として叩き込むことでした。自分が完璧にできてこそ、海外へ技術を持ち込める。その覚悟を持って、これまで中国には100回以上足を運びました。特に印象深いのは、約12年前のベトナムでの拠点開拓です。過去に他社が失敗した歴史もある中で、現地に直接出向き、ゼロから人を集めました。私自身がくくり方(絞りの技法)を覚えて、現地の人たちに直接教えたんです。
——言葉も通じない現地でなぜうまくいったと思いますか?
安藤: 彼らに毎日のように唱えさせた言葉があります。「研究心・努力・競争・多くの練習・そして心」。特に「心」が一番大事だと教えました。自分でこれを続けようという強い意志を持つことです。私は土日も休まず朝から晩まで一緒に練習し、誰がどう進歩したかという細かい「研修日誌」を毎日つけました。工賃の交渉で決裂しかけた時も「それならやらなくていい、全部日本に持って帰る」と譲らなかった。一切妥協せず「心」を伝える本気の姿勢を見せたことが、結果的に強い信頼関係に繋がったんだと思います。

ベトナムで技術指導を行う安藤氏
第4章:一流の「侍」として。未来へ繋ぐメッセージ
——これまで数多くの作品を手掛けてこられましたが、ご自身の中で特に思い出深いものはありますか?
安藤: キモノプロジェクトで制作した「バハマ共和国」ですね。あれは納期が厳しかったこともあり、ほとんど自分の手で作りました。図案から携わり、絞る工程では周りの社員も巻き込んで「縫い締め」などの技法をみんなで協力してやったんです。染める工程から全員で共有し、出来上がった時にみんなで一緒に喜ぶことができた。自分のエゴだけでなく、チームとしてものづくりの喜びを分かち合えたことが、非常に嬉しかったですね。
左:実寸大の型紙に図案を描く安藤氏 右:完成品「バハマ共和国」
——近年、ものづくりの現場においても、DXやAIといったデジタル技術の活用が重要視されるようになりました。この変化をどう捉えていますか?
安藤: テクノロジーの進化は大変素晴らしいことだとは思います。ただ、私自身「経験と勘」を頼りに、自分の感性を光のようにして突き進んできた人間です。枠にはめられ、規制の中で作られたものは二流品にしかなりません。枠を外さなければ、一流のものは作れない。 私はものづくりにおいて「一流の侍」でありたいと思っています。侍とは、自分に対して厳しく、色々な利害関係があっても、自分の技を磨き、意志を通す人間のことです。
——そんな“侍”が、ついに第一線を退かれると伺いました。今の心境はいかがですか?
安藤: 生涯、納得のいく絞りを作り続けるつもりでいましたから、志半ばで現場を離れることには、やはり無念な思いもあります。しかし、年々無理がきかなくなってきた私の身体を気遣い、こうして綺麗に身を引く道を作っていただいた。その心遣いには、感謝の念に堪えません。
私たちが心を込めて作り上げた品々は、今もお客様の手元で大切にされています。きぬたや絞りが残り続ける限り、私のものづくりへの情熱が死ぬことは永遠にありません。
かつてダグラス・マッカーサーが「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」という言葉を残して本国へ去りましたが、今の私は、まさにその心境です。

Photo:Kuniyuki Ikarashi
——最後に、これからの「きぬたや」を担う若い世代の職人たちへ、メッセージをお願いします。
安藤: 今、着物の市場は非常に難しい局面を迎えています。まずメーカーとして「売れるもの」を作らなければいけません。しかし、そればかりを追い求めていると、ブランドのカラーは色褪せてしまいます。だから、何点かに一つは、「売れる・売れない」の枠を超えて、人の心を打つ、感動させるためのものづくりに挑戦してほしい。それが、これからの「きぬたや絞り」の進化に繋がり、自分自身の新しい力になるはずです。技術とブランドの確かな裏付けがあるからこそ、それができるのだと信じています。
【編集後記】取材中、安藤氏の言葉の端々から感じられたのは、ものづくりに対する圧倒的な熱量と「心」への強いこだわりでした。その情熱は近年においても決して衰えることはなく、初代会長が18才の安藤氏に熱く語った当時と重なって見えたような気がしました。効率化やデータ活用が進む現代だからこそ、自らの直感と経験を信じ、枠にとらわれない「侍」の姿勢は、私たちに多くの気づきを与えてくれます。「人の心を打つものを作れ」という最後の言葉は、職人に限らず、これからのきぬたやブランドの未来を担う私たち全員への力強いエールとして、深く胸に刻まれました
絞り呉服メーカー「株式会社 藤娘きぬたや」
ウェブサイト https://www.kinutaya.co.jp/
Instagram https://www.instagram.com/kinutaya_official/
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